実はストックオーディオで100万くらい稼いでます。そんなぼくが大事にしている習慣。

まずこちら。

僕が同人販売サイトにてアップしている音源の売り上げです。

このサイトでの売り上げがほとんどですが、

これに加えて「Audiostock」や「booth」を合わせると100万は超えていると思います。

しかし。

僕は音痴でしたし、音感、リズム感、センスもなく、そのうえ身の回りに音楽活動をしている教えてくれそうな人物もいないという積みまくった環境にいました。

そんなぼくがどうやってここまでやってこれたのか、それはあるたったひとつのことをずっと続けているからです。

そのたったひとつのことについてお話しいたします。

僕の音楽歴を交えてお話していくので長くなります。
本当に大事なことだけが知りたいという方は目次の 4 」の見出しから読み始めてください。

この記事は東京や大阪などの都会に住み、多くの方と接点を持つことができる音楽家ではなく、僕のように地方に引きこもってコツコツ活動する方ほど共感していただけると思います。

閉ざされた環境、それで満足していた

DTMを始めたきっかけ

高校生の頃です。

もうしわけ程度のオフィスビルが駅前にあるだけで、ほかにあるのはイオンだけ。

観光名所といえるほど誘致力のあるものは瀬戸内海の景色と、そこにかかる橋程度。

商店街はシャッターにまみれ、おおよそ遊びに行く場所なんてない。

地方の街と言うのははばかられるが、田畑がたくさんある田舎というほどでもない。

そんな「ないない尽くし」な場所でぼくは音楽をしていました。

音楽をしていたといっても、バンド活動ではありません。

DTMです。

バンドをしようと友人で集まって練習をしたりしたことはありますが、当時のぼくは予定や行動を人に合わせるのが苦手だったし、そもそもその時の友人みんなが人を引っ張ることが苦手で、誰もリーダーシップをとらず、形にはなりませんでした。

1件だけ楽器店兼ライブハウス・練習スタジオをやっているお店がありましたが、

そこで眺める同級生のライブを見ても

「うらやましい。自分もステージに立ちたい」と思うことはありませんでした。

しかし、そんなぼくが憧れ、夢中だったのが「ネット上で活動する人たち」です。

同じステージ(ネット)に上がりたくてギターの録音方法や、演奏してみた動画の作り方を調べていくうちに僕はDTMの世界に入っていきました。

初めて投稿した楽曲はひどい物でした

録音の仕方を覚えたぼくは、数本の演奏してみた動画をアップしました。

再生数はそれほどでもなく、コメントは当たり障りのないコメントが半分、もう半分は批判と賞賛が同じくらい。

それを見てぼくはどう思っていたでしょうか。

批判コメントはひどく悔しく感じました。

悔しく感じ、怒りもわきましたが、最後には「見なかったこと」にしました。

録音が楽しくなったぼくはオリジナル曲を作り始めます。

ボーカロイドでの楽曲を発表したいと考えたのです。

当時のボーカロイドは社会的な認知は低かったと思いますが、今では黎明期~全盛期などと言われていたころですね。

初めて投稿した楽曲は見事に埋もれましたが、それでも数件のコメントをもらうことができました。

「GJ」「よかった」などシンプルなコメントでしたが、その数件鼻高々です。

しかし、この楽曲。
とんでもない出来だったのです。

あちこちでメロディとオケの音がぶつかりひどく濁りミックスのバランスも悪く生演奏のギターは大きくずれている。

当時は今のようにボーカロイド曲のレベルの水準が高くなかったので、それでもそういったコメントももらえたのです。

当然、当時のぼくはそんなこと気づきもしません。

コンピレーションに誘われたけれど、なんと・・・

その後、突然コンピレーションに参加しないかと声をかけられます。

ぼくは喜んで参加を申し出ました。

「たった1曲しか投稿していないのに誘われるなんて、才能があるのかもしれない」とテンションは上がりまくりです。

ぼくはしまなみ海道を走って往復してしまえそうなほどのやる気で楽曲制作に取り掛かりました。

その後、コンピから
外されるとも知らずに。

出来上がった曲を主催の方に送ったところその日のうちに返事がきました。

メールをあけるとき、ぼくはどんな気分だったでしょうか?

それはもちろん、大いに賞賛されるに違いないと思っていました。

帰ってきたメールの内容はこうです。

「オケのキーとメロディのキーが全くあっていません。修正をしたほうがいいと思います」

当時のぼくには音感が本当になかったのです。

当然、このメールの意味も全く分かりませんでした

頭の中で鳴っているメロディはそのまま打ち込めている。

オケもそれに合いそうな音を選んでコード進行を作って、かっこよくしたはずなのに。

何が違うのかと、ひどく動揺しました。

しかし、当時のぼくの音感ではズレに気づけないので、何度修正しても回答は同じ。

その後、主催の方は「MIDIを送ってもらえたらこちらで修正します」と言ってくださったので、MIDIを送りました。

その時の気持ちはこうです。

「何を偉そうに」

恥ずかしいったらありません(笑)

そして帰ってきたMIDIを鳴らすと、オケに合わせてメロディが修正されていました。

ぼくはメロディに自信があったので、オケに合わせて数々の修正が加えられ、まったく違うメロディになった自分の曲が認められませんでした。

結局、どうしても納得がいかないというところを元に戻して送ったところ、愛想をつかされてコンピから外されたのです。

当然です。感謝するどころか食って掛かってるのですから(笑)

今のぼくが隣にいたらぶん殴ってるところです。

本当に申し訳ない、ひどいことをしました。

結局外されてしまった楽曲は動画をつけてアップしました。

その時のコメントは「GJ」「よかった」などの数件のコメントと、

「なんかキーが違う?」という1件のコメントでした。

狭い世界、都合のいい意見に囲まれていた

当時のぼくの自信は、その数件の「GJ」「いいね」のコメントだけでできていました。

(もしかしたら根拠など何もない自信だったかもしれませんが)

ぼくはそのコメントには今でも非常に感謝しています。

そのコメントがなければここまで続けることができなかったかもしれません。

問題はその都合のいいコメントだけを受け取り批判的な意見を「見ないふり」した自分です

きっかけはたった1人の人物との出会い

こじ開けられた世界

その後社会人となり地元を離れ一人暮らしを始めました。

ちょうどその引っ越した先の近くで、DTM教室を開いている現役作家の方がいらっしゃいました。

その方は教室はあくまで本業ではなく副業であり、本業はメジャーアーティストや大企業のCMなどを手掛ける作曲業でした。

(その先生に許可等を取っていないので教室名は伏せさせていただきます)

当時のぼくは「何をどうすればもっといい曲が書けるのかわからない」「何を勉強すればいいのかわからない」という停滞期にいました。

その停滞期を抜け出すべくその教室に電話をかけてアポを取り、USBに自分の楽曲を入れて持っていきました。

到着して迎えてくださった先生はとても朗らかな雰囲気で、プライベートスタジオを案内してくださりました。

本物のプロのオーラ、設備の凄さ、何もかもに圧倒され、借りてきた猫のようになったぼくはソファに案内され、カウンセリングが始まります。

先生が優しい声で聴いてくださった最初の質問はシンプルでした。

「今18歳?聞いておきたいんだけど、プロになりたい?それとも趣味?

音楽家にあこがれていたぼくは「できればプロになりたいです」と答えました。

「できればか~。ここがすごく大事で、指導が全然違うんだよね……」

先生はにこにこしていましたが、そのニコニコがなんだか怖かったのを覚えています。

『半端なやつだな。そんなのじゃ無理だよ

そういわれたような気がしました。

その後はどのくらい音楽をやってたとか、どんなことしてたとかを聞かれ、最後に曲を聴いていただくことになりました。

3曲ほど聞いていただいたのですが、その数分は非常に長く感じました。

先生のほんの少しの表情の変化、動きにいちいち心臓が大暴れです。

すべてを聞き終わった後、先生はすぐに話し始めました。

「なるほど、この曲はいいんじゃない?メロディと歌詞がきれいにはまってる。けど、細かいところにダメなところがいっぱいあるね」

それはぼくが初めて作ったボーカロイド曲でした。

「メロディセンスはあると思う。けれど音楽的な能力はまだまだ。磨けば光るダイヤかもしれないし、ただの石ころかもしれないけど、いいメロディだし歌詞の言葉選びのセンスは面白いし、原石ってかんじだね」

最大限優しく、やる気がわくようにと考えてくれた感想でしょう。

しかし、ぼくはとてもうれしかったのです。

「やはりメロディは間違っていない」と思えました。

そして「今のままの自分では知らないことが多すぎる、足りない」と向き合う覚悟が出来ました。

そこでそのまま楽曲について詳しい添削をしていただき、短2度で音がぶつかるという現象を理解し、曲のキーという考え方をなんとなく覚えました。

新しい知識を得ることはとても気持ちがいいです。

もっと新しいことを知りたいと思いました。

音の聴こえ方が変わっていった。出来上がる作品が変わり始めた。

その後ぼくはその先生の教室へ入会し、曲を書いては添削をしてもらうということを繰り返していきました。

自信満々で書いていった曲を「全然だめ、何がしたいの?」とバッサリ切られ、家で泣きながら描きなおすこともしばしばあり、楽しいことばかりではありませんでした(笑)

しかし、学ぶほどに音の聴こえ方が変わり、楽曲が変わっていき、理想の音に近づいていきました。

僕の根拠なき自信もこの時に少しずつ砕かれていき、丸くなっていけたので、その点でも感謝しまくりです。

次第に実力がついていき、作曲事務所に所属できるほどにもなりました。

コンペに勝つことはできませんでしたが、最初にお見せした通り、ストックオーディオで収入を得られるレベルにはなりました。

会社を辞めて独立することを決めその地を離れることになり、現在はその教室をやめた僕ですが、その地での5年はとても有意義なものでした。

教えることができる立場になった。それでも学ぶことをやめない。

現在では地元に戻り、音楽とは別の事業をしながら自分の経験を伝えられたらと音楽教室を自身で開いています。

現在の生徒は30名ほどで、楽しく音楽を伝えさせてもらっています。

なぜわざわざ音楽教室を始めたのか。

「自分の狭い世界を壊し、引っ張り上げてくれるのはより音楽を知っている人だ」と体験しているからです。

ぼくが何の足しにもならないプライドばかりを育て、小さな世界に閉じこもってしまった無駄な時間を、同じように誰かに過ごさせたくないと思ったからです。

小さな世界にこもり、いやな意見に目をつむりながら音楽を続けても先には進めない。

その先にあるのはマンネリと停滞です。

もっとも簡単な先に進む方法は「人に教わること」です。

ぼくは今、人に教える立場になりはしましたが、

今でもオンラインで「ギターレッスン」「ボイストレーニング」などを受け続けています。

まだまだ学ぶことがあります。

ほかにも作曲家のサロンなどにも入って様々な楽器に関する知識やアレンジのテクニックなどを学習しています。

習うこと、学ぶことが世界を大きく広げ、自分の能力を上げる一番早い方法です。

僕が大事にしていることはたった1つ。

「学び続けること」です。

停滞期や、伸び悩んでいるときにはこれが1番!

自分ができることの範囲内で済ませようとはしていませんか?

いつも同じようなアレンジをしていませんか?

面倒なことをしたくないと思ってしまっていませんか?

そんな停滞期こそ、レッスンを受けて
自分に新しい風を送り込むのが1番です!

新しい知識や経験は自分の世界を無理矢理こじ開けてくれます。

自身より経験豊富な先生方は、より高い位置から手を引いてくれます。

ぼくはどれほどうまくなろうと、どれほど実績を積もうと、学び続けるつもりです。

実際、ぼくは今これまでやってこなかったドラムやベースを習いたくてうずうずしています。

やったことのなかったパートも体験すれば気づくことがたくさんありそうです!

お得なレッスンが増えている今はチャンス!

コロナの影響で現在音楽教室の需要が高まりどの教室も生徒獲得のために動いているようです。

実際、とてもお得なレッスンが増えています!

THE POCKET |【お得なオンラインレッスン】月1万円以内で50分が3回!?

入会金不要なうえに月1万円以内で50分のレッスンが3回は破格です。

新しいパートについて学びたいDTMerの方にも、自身の演奏技術を見直したいプレイヤーの方にもおすすめです。

またオンラインレッスンなのでどこに住んでいても通えるし、時間も融通が利く。

忙しくてもスケジュールが組みやすいので助かりますね。

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こちらは東京のスクールですが、定額通い放題という響きが最高です。

ぼくが東京に住んでたら「今日はドラム、明日はベース、明後日はボーカル」みたいに使い倒しますね!

様々なパートにトライしたい方や、短期集中で受けたい方などにおすすめです。

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今すぐにではないけれど

この記事を読んだ方は「今すぐにお金になる方法じゃないのか」と、

がっかりしたかもしれません。

しかし、ストックオーディオなどは多くの方がすでに取り組んでいるはず。

それでお金にならないのは数か質か、もしくはその両方が足りていないのです。

「なんか伸び悩んでいる」

「何をしたらいいのかわからなくなってきた」

そう思っている方。

ぜひ、これを機に新しい楽器でも、これまでやってきた楽器でも、DTMでも構いません。
気になる教室の体験レッスンだけでも受けてみてください。

それがもう1歩先へ進むための1番確実な方法です。

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